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商業の発展も交通機関と深いかかわりがあります。明治35年に旧塩尻駅が開設されるまでは、宿場町に派生した商業形態でしたが、塩尻駅ができると、その周辺に商店街が形成されました。
その後、塩尻駅は現在の場所に移転。平成2年から大門一番町市街地再開発事業が始まりました。大型店が出店し市営駐車場ができるなど、大門商店街は様変わりしています。また、昭和8年に開設された広丘駅周辺でも商店街が形成されています。
広丘・吉田地区は、住宅基盤整備が進んだことから人口が急増し、それに伴い商業も急速に発展しています。郊外や幹線道路への大型店の進出も増加し、大型店と既存店が協調した商店街づくりが進んでいます。
中心市街地活性化を進める大門商店街
玄春祭は、昔桔梗ケ原にいたと言われるキツネの玄蕃之丞にちなんだ市民祭で、多くの市民による踊り連が、大門商店街を曲に合わせて練り歩きます。数々のアトラクションもあって夏祭り独特の活気が満ちあふれいます。
塩尻市は国際交流にも力を入れており、外国の祭りハロウィンを毎年開催しています。大門商店街は仮装した子供達や外国人であふれ、国際感覚豊かな市民性の醸成が図られ、交流の輪がひろがっています。
都市基盤整備がすすむ広丘商店街
近代歌人たちが集った広丘原新田には、本欄造りの旧家を移築した短歌館と歌碑公園があります。太田水穂、島木赤彦、窪田空穂、若山牧水、若山喜志子、四賀光子、潮みどりらが、この地を舞台に人間模様を繰り広げました。広丘小学校長だったころの赤彦の下宿「牛屋」には、著名な歌人や文学者のほか、地域の若者が夜ごとに集まっては、短歌談義に花を咲かせていたと言われます。このように多くの歌人が創作活動の舞台とした短歌のふるさとに建つ短歌館は、個人を対象にした展示館ではなく、幅広い内容が特色です。また、この地では、周辺を短歌の里のイメージに統一。地域住民が積極的に参加し、官民一体となったまちづくりが進んでいます。